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東京高等裁判所 昭和58年(う)1030号 判決 1983年9月29日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金九〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する)被告人を労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官峰逸馬が提出した同宮本喜光作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、被告人を罰金九、〇〇〇円、執行猶予二年に処した原判決の量刑は、執行猶予を付した点において不当に軽い、というのである。

そこで記録を調査し、当審における事実の取調べの結果を参酌して検討する。

本件は、被告人において、いわゆるはみ出し禁止の規制がされている道路で普通乗用自動車を運転中、先行車を追い越すにあたり道路の右側部分にはみ出して通行したという事案である。

そこで、その犯情についてみると、まず、本件犯行は、道路における危険を防止するための規定に違反したものであつて、その罪質は、道路交通法違反の罪としては軽いものではない。

また、本件道路は、相当先方までほぼ直線で見通しは良いものの、反対車線の幅員は、路側帯を除くと三・二メートル、路側帯を含めても四・二五メートルと比較的狭く、しかも、被告人は、約四二〇メートル先方の反対車線には警察官佐野仁が運転する交通取締用自動二輪車が対向して進行してきていたのに、自車を完全に反対車線に進入させて先行車を追い越したのであるから、本件犯行は危険な行為でなかつたとはいえない(なお、被告人は、当審公判において、被告人が追越しを開始したとき右自動二輪車は、遥か先方にあり被告人の視野に入つていなかつた旨供述するけれども、右供述は、被告人において当審で初めてしたものであつて、これを裏付ける証拠はなく、右佐野仁作成の捜査報告書、司法警察員作成の実況見分調書に照らすと、これを信用することはできない)。

そして、被告人は、昭和五五年三月から同五六年四月までの間五回にわたり速度違反等の反則行為をしたほか、同年一二月から昭和五七年九月までの間四回にわたりいずれも速度違反の罪で罰金刑に処せられていて、速度違反等の交通違反の常習者であることが窺われ、以上のような本件犯行の罪質、態様、被告人の交通違反歴にかんがみると、本件の犯情は軽くないことが明らかである。

ところで、被告人の原審及び当審公判における各供述によれば、本件において被告人が追い越した先行車は、積荷を満載したダンプカーであつて、時速約四〇キロメートルの速度で黒煙を吐きながら進行し、坂道では速度を落とし黒煙を多量に吐いて進行していたこと、被告人は、本件道路がはみ出し禁止の規制がされている道路であつたことから、右ダンプカーの後ろについて一五分前後自車を運転したが、仕事上急いでいたこと、黒煙が健康に悪いこと、はみ出し禁止の規制区域が更に続くことから、見通しの良い本件場所で右ダンプカーを追い越すために本件犯行に及んだというのであつて、本件犯行の動機についてはある程度斟酌すべき事情がないではない。

しかし、本件道路は、最高速度が時速五〇キロメートルと指定されていた道路であつて、被告人が供述するところによつても、右ダンプカーは極端に低速度で進行していたものではないうえ、被告人には右ダンプカーを追い越さなくてはならない緊急の用事があつたものでもないこと、また、黒煙による被害については、車間距離を置くことによつて避けることができたことに徴すると、右の事情を被告人に有利な情状として過大に斟酌することはできない。

また、被告人は、本件道路は交通量が少なく、長区間にわたりはみ出し禁止の規制をする必要のない道路である旨強調するけれども、山梨県公安委員会は、本件道路において交通事故が多発するためその防止の必要上右規制をしているのであつて、本件当時、本件道路の交通量は、高速道路の開通により従前より減少していたとはいえ、極端に減少していたものではなく、また、従前の例から、高速道路の開通により減少した交通量は暫くすると相当程度回復することがあるため、同公安委員会は、なお規制の必要があると考えていたのであるから、右規制が、本件当時同公安委員会に委ねられた裁量権を逸脱した不当な規制であつたということはできない。

以上に判示したところを総合すると、本件は、犯行の動機において斟酌すべきものがあるとはいえ、犯行の罪質、態様、被告人の交通違反歴等にかんがみると、罰金刑の執行を猶予すべき特段の情状があると認めることはできず、したがつて、被告人を罰金九〇〇〇円、執行猶予二年に処した原判決の量刑は、刑の執行を猶予した点において不当に軽いというべきである。論旨は理由がある。

そこで刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により自判する。

原判決が認定した事実に原判決と同様の法令を適用して被告人を罰金九〇〇〇円に処し、刑法一八条により、右罰金を完納できないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する)被告人を労役場に留置し、刑訴法一八一条一項本文により原審及び当審における訴訟費用の全部を被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

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